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湯村温泉 朝野家 EVでB1Fに降りて、階段でB2Fへ:浴場→ 100% 記憶なし!

中央病院時代に〔医局旅行〕と称し、毎年1回、近場の温泉に泊まり、飲食をしていた。東は城崎、西は松江、南は湯郷:医局の会計を担っていた。湯村温泉は三朝温泉と共に回数が多かった。朝墅家然りだが、当時、朝墅家が読めなかった。調べた。

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ロゴマークは『朝墅家』の隷書体を使っています。母が名前の「の」を書くときは草書的に「朝墅」と書いていたので、企業ロゴに隷書体の『朝墅家』を使うことにしました。/ 亭主ブログ

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墅 意味]→漢字の「墅」は、「しもやしき(下屋敷)」や「別荘(べっそう)」、または「農作物を入れる納屋」という意味を持つ漢字です。音読みでは「ショ」「ヤ」、訓読みでは「しもやしき」と読みます。

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2026/8/13(木)勤務後、19-22時 急患診療所当番。翌朝、8/14(金・智頭病院はお盆休診日)9-12時 急患診療所当番。8/16()も19-22時 急患診療所当番→ 3枠/4日間

隙間の8/15()に、彼女が「温泉・・・」と呟いたのが契機で、検索したら、楽天トラベルで偶然ヒットした経緯

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B2F 露天風呂を含め、浴場の風景に係る記憶が皆無!何故?!

中病時代、小生を含め、若手は、ぎりぎりまで仕事をし、風呂に入るコトもなく、浴衣に着替えて、宴会場へ。間に合わない場合もあり、宴会前の恒例の写真には洋服姿の仲間も!宴会が始まれば、喧騒の中での飲食で、酔いつぶれるのが常態だった。朝風呂?! ゆっくりと温泉に浸かる心的ゆとりがなかったのかも知れない。

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智頭に異動後、還暦を過ぎてから、自主企画・設計の西欧然りだが、家族・夫婦での温泉宿泊も回数が増えた。とくに、退職年齢(65歳)後に、金銭的にもゆとりが出来て、温泉を楽しめるようになった。

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​↓ 今回の発案者 ↓

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